国連平和大使/動物行動学者 ジェーン・グドール博士
チンパンジーはただのサル、人間だけは特別?
長いこと、人間は「万物の霊長」だと思われてきた。人間は進化の最先端にいる、もっとも優れた、もっとも知能の高い特別な存在だと。その証拠に、道具を使えるのは人間だけではないか。ジェーンは、その人間中心の思い込みを根底から覆した。
アリ塚に草の茎をつっこんで、シロアリ釣りをするチンパンジーの姿を見たことがあるだろうか。この光景を初めて世界に報告したのが、ジェーン・グドールだ。チンパンジーは道具を使っている。人間は自分たちが思うほどには特別な動物でないことを、動物学の学位すらもっていなかったジェーンが発見したのだ。
このとき、ジェーンをゴンベに送り込んだ張本人であり、人類学の権威であるルイス・リーキー博士は、「今や我々人類は、『道具』という言葉を定義しなおすか,『ヒト』という言葉を定義しなおすか、もしくは、チンパンジーをヒトだとみなすか、この3つのうちどれを選択するのか考えなくてはならない」とその発見を称えている。
ジェーンはその後、チンパンジー研究の第一人者として霊長類学界のスターになる。チンパンジーが肉食をすること、グループ同士の数年にもわたる「戦争」をすることを次々に発見。まさに科学者の頂点にいると言ってよかった。
しかしジェーンの視線の先には、学問の世界ではなく、ゴンベに暮らすチンパンジーがいた。フィールドワークを始めたころには青々と豊かに茂っていた森が、みるまに禿山に変わっていく。1986年、ある学会で、人間の生活がチンパンジーを絶滅の淵へと追いやり始めていることをジェーンは知った。
「いままでチンパンジーから言い尽くせないほどの幸せをもらってきた。今度は、私が彼らの役に立つ番だ」。そう決心したジェーンは、研究者としてのキャリアにきっぱりと別れを告げ、違う道を歩き始めた。ゴンベの森、アフリカの森、世界の自然を守り、動物たちと人間が住みよい世界を作るために。
絶望のなかに、希望を見出す力。
しかしこれは、あまりにも大きな挑戦だ。人間による自然破壊は、すでに多くの動物を絶滅に追いやり、地球環境を大きく変えてしまいつつある。草の根のレベルでも、国際政治のレベルでも、「地球を守ろう」という試みは続けられているが、目に入るのは絶望的な状況ばかりだ。
ジェーンの第二の故郷であるゴンベですら、アフリカの奥地であるにもかかわらず、まわりからすっかり緑が消えた。ジェーンは地元の人たちとの協力体制を早くから築き、ゴンベ地区の保護を実現したが、まるで大きく開いた傷跡に一枚貼られた絆創膏のようだ。
これでも、未来はあるだろうか。動物も人間も住みやすい地球環境は、私たちの努力なんかで作れるのだろうか。結局、焼け石に水ではないか。自分ごときががんばったところでもうダメだ、という声が聞こえてこないか。
ジェーンは穏やかな微笑みを浮かべ、しかしきっぱりと答える。「希望はあります」。
地球環境を変えるほどの能力をもったヒトの脳がある。自然の驚異的な回復力がある。世界の若者たちの「変えたい」というエネルギーがある。そして絶対に不可能だと言われながらも何かをやりとげてしまう人びとがいる。それらがすべて、ジェーンが未来に希望を抱く理由だ。

(c) Michael Neugebauer
チンパンジーは感情表現がとても豊か。親子のスキンシップやコミュニケーションが不可欠な愛の動物だ。
チンパンジーは感情表現がとても豊か。親子のスキンシップやコミュニケーションが不可欠な愛の動物だ。

(c) Michael Neugebauer
グドール博士は講演会などでもよく「フォーッフォーッ」というチンパンジー流の挨拶を披露する。
グドール博士は講演会などでもよく「フォーッフォーッ」というチンパンジー流の挨拶を披露する。

Courtesy of the Jane Goodall Institute
グドール博士は初めてチンパンジーから手を差し伸べられた瞬間は今でも忘れられないほど幸福だったと言う。
グドール博士は初めてチンパンジーから手を差し伸べられた瞬間は今でも忘れられないほど幸福だったと言う。

急速に進む山林伐採によりチンパンジーの棲むタンザニアの森から緑が消えていく