ワールド・エクスプローラー [world explorer] 世界を拓く人

養老孟司先生「ひとと動物のかかわり研究会 第2回サマーキャンプ」

自然のなかに、子どもを放す。

そういえば、養老先生が子どもたちに虫を見せて、「これは○○という虫ですよ」と教える光景は目にしていない。「先生、これ、なんて虫?」と聞きにくる子がいれば答える。子どもたちも「先生、面白い虫を教えて」なんて聞きにきたりはしない。それぞれが、自分の面白いと思う虫を好きなように追っている。
「子どもたちは、自然のなかに連れてきて放しとくのがいい。僕も子どものころはほっぽらかされてましたしね」
あ〜あ、と声がする。オニヤンマを捕まえようとしたら、はずみでなんと頭がとれてしまった。子どもたちの虫捕りだから、そういうこともある。標本にならできるかもしれないよ、頭もいっしょに虫かごに入れてもって帰ったら? とみんなで額を寄せて話しあう。
養老先生が「なんだ?」と寄ってきた。手に持ったオニヤンマの胴体を見て、「あ、オニヤンマか。頭がとれちゃったんだな」。もう一歩、踏み出す。「……養老先生」。養老先生の踏み出した足は、オニヤンマの頭の上にあった。
「先生……。オニヤンマの頭、踏んでます」
「あ、悪い悪い。ふだん小さい虫ばっかり探してるもんだから、こういう大きいものは目に入らないんだ。」
まるで悪びれる様子がない。結局、オニヤンマの頭を飾る宝石のような眼はそれほどの損傷もなく、子どもたちの遊び道具になった。

子どもたちの目、養老先生の目。

養老先生は体長1センチにも満たないゾウムシをこよなく愛している。だから養老先生の目は、1センチ以下の虫に焦点があうように調整されている。それより大きな虫はかえって目に入らないらしい。
道のまんなかで突如立ち止まってしゃがみこみ、地面を凝視する養老先生。足元にはなにもないように見えるが、養老先生と同じようにしゃがんでみると……、いるのだ、体長5ミリほどのゾウムシが。これが養老先生の見えている世界である。
オニヤンマに歓声をあげ、「クワガタだ!」という声を聞けば走り出す子どもたちと、同じペースで歩けるはずがない。でも、子どもたちと養老先生はうまくやっているように見えるのだから不思議だ。
子どもたちは、虫観察グッズを渡されている。虫捕り網とカゴだけではなくて、枝をつつくための棒と黒い傘だ。でもみんな、ただ持って歩いているだけ。養老先生は珍しく子どもたちに自分から声をかけた。
「ほら、傘だの棒だの持ってるんだから働け。使いかたを知らないなら教えてやる」
子どもたちはワッと養老先生の周りに集まった。先生は枝の下で黒い傘を上下逆さにして広げ、枝を棒でゆさゆさと揺する。広げた傘に、枝から小さな虫が落ちてきた。傘の地色が黒いから、虫がよく見える。糸のように細い、シャクトリムシの赤ちゃんも落ちてきた。木々をいくら見上げても見つからないような虫たちが、一本の棒と黒い傘で見られる。
子どもたちが、傘で受け皿をつくらずにむやみに棒で枝をつつき始める。「だめだよそれじゃ。下に傘を広げなきゃ、ただ落ちるだけで何も見えない」と養老先生は言うが、棒をとりあげて、傘を持ってきて、「こうだろう?」と手取り足取り教えたりはしない。その先の試行錯誤は子どもたちに任せているようだ。
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