別府史之選手「ディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチーム」
その両手に、夢をつかんだ日。
全日本選手権優勝の後もフミは快進撃を続けた。翌年8月、プロ登竜門と言われるレースで、フミは区間優勝を果たす。そこに、くだんの世界最強チームから、誘いの電話が飛び込んだのだ。「うちのチームに興味はあるかい?」
「もちろん! だって、それがぼくの夢なんだから」
夢にまで見たプロ契約。しかも、奇跡のレーサー、ランス・アームストロングのツール・ド・フランス連覇を支え続けてきた、世界最強チームだ。
「ランスを始め、プロの大物選手は自転車を降りたときが違うんです。レースのときの技術だけじゃなくて、人間性が、人としての器がプロなんですよね。人生すべてを犠牲にしたうえでの自転車というのではなく、人生のなかに、自転車がある。見てて、かっこいいなあと憧れますね」
プロ一年目、ネオプロとして始動したばかりのフミに、他の場所では見られないすばらしい選手たちが、その背中を見せてくれている。
フミは早速、2つのタイムトライアルレースで、チームを仰天させる順位をマークした。並みいるプロレーサーとともに走りながら堂々の10位。プロとして走れることをじゅうぶんに見せつけた。
「同じ場所に立った以上、一番最後に勝った人が勝つんです。国籍だとか体格だとか年齢は、関係ない」
ソフトな笑顔からは想像のつかない激しい闘志が、言葉のはしばしににじみ出る。
「いつかは絶対、エースを走ろうと思っています。長い道のりになることは覚悟していますが、ぼくは、トッププロのなかのトップになりたい」
若き彗星は、さらなる夢へ。
ヨーロッパに比べれば、日本でのロードレースの人気はまださほどでもない。チームが拠点としているベルギーでは自転車ロードレースは国技といってもいいほどの人気だが、日本では自転車競技と聞けば、競輪を思い浮かべるのが普通だろう。
ロードレースとほかのサイクルスポーツとのもっとも大きな違い、それは起伏とドラマに満ちたコースだ。2000メートル級の山を自分の脚力のみに頼って登り、下るときのスピードは100km/hを超す。街なかを走れば、石畳に車輪をとられることもある。選手たちは色鮮やかなスーツに身をつつみ、世界各地を華々しく転戦する。
「あの華やかなスーツの下で、選手は、命をけずって走っています。チームには勝つためのエースがいて、エースを運ぶアシストがいる。それぞれに表情があります。一人ひとりの選手、監督、メカニック、観客を含めたドラマがあるんです。そんな魅力を、ぼくは、日本だけじゃなくて世界に発信していきたい」
彼が新しい舞台で輝くことこそが、なによりも効果的なメッセージとなることだろう。フミの闘いは、まだ始まったばかりだ。
サッカーの中田が本場イタリアのチームで活躍するように、イチローがメジャーリーグで活躍するように、フミは自転車ロードレース界最強のチームで、ただ一人の日本人として、フロンティアに新たな轍(わだち)を刻んでいく。

2005年1月10日に行われたディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームのプレゼンテーションに参加したフミ。ヨハン・ブリュイネール監督(右)と硬い握手を交わす。

世界最強のロードレーサー、ランス・アームストロングがチームの中心だ。

2005年ツールで新人賞獲得のポポヴィッチや、ジロ・デ・イタリアの勝者サヴォルデッリらが揃うディスカバリーチャンネルは、まさに世界最強チーム。

ランスのツール7連覇を支え続けたスーパーアシスト、ジョージ・ヒンカピーもチームメイトだ。

プロとして走り出したばかりのフミは、本場ヨーロッパで新たな世界を切り拓く。