ワールド・エクスプローラー [world explorer] 世界を拓く人

別府史之選手「ディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチーム」

自転車ロードレース界に、日本からすごいヤツが現れた。「フミ」こと別府史之、22歳。ランス・アームストロング率いるディスカバリーチャンネル・プロサイクリングチームにスカウトされた、若き彗星「フミ」の軌跡と夢を追う。
取材・文 江口絵理
写真 綾野真

世界の空に輝く、日本生まれの「若き彗星」。

「エース」をかばい続けて走ったチームメイトが、ゴールを前に、力を使い果たして後ろへ去っていく。エースはたった1つの栄冠をつかむため、力尽きた仲間の代わりに、ゴールへと飛びこむ。――自転車ロードレースは、いやおうなしに観客をドラマへ引きずりこみ、見る者の胸を熱くする。
100年以上も前からヨーロッパの山々、そして古い街並を舞台に繰り広げられてきたこのスポーツ。日本での歴史は短いが、あるアメリカ人選手が、人々の心をつかみ、ファンの裾野を劇的に広げた。ランス・アームストロング。ガンを克服し、過酷なレースで前人未踏の7連覇を成し遂げた奇跡の男だ。
史上もっとも偉大なロードレーサーと呼ばれるランスのチームに、昨年末、日本人選手がスカウトされた。日本人が海外のトッププロチームに選ばれるのは初めてのこと。その選手の名前は、別府史之。22歳。限りない可能性を秘めた、期待の新星が現れた。

幼い少年が抱いた、不屈の闘志。

18歳で日本を出て、フランスのアマチュアチームで実力をつけていた別府史之、「フミ」は、日本でこそ知っている人が少ないが、ヨーロッパやアメリカではすでに、Fumyの愛称で人気を集めるロードレーサーだ。
顔つきにまだあどけなさすら残るフミ。海外を拠点に厳しい世界を戦ってきたアグレシッブさは、外見からはまるで感じられない。「英語はまだ、あんまりしゃべれないんですよ」と顔を赤らめて話す風情は、ごくごく普通の22歳の青年だ。
自転車とは3歳からのつきあい。幼稚園にあがる前には、補助輪なしの自転車を乗りこなしていた。よちよち歩きのころからサッカーボールで遊んでいた子供がサッカー選手に育つように、フミもサイクリストへの道を、幼いうちから歩き始めていた。
男3人兄弟の末っ子。6歳年上の始(はじめ)と、4歳年上の匠(たくみ)につられて、マウンテンバイクを始めた。小学校2年で初めてレースに参加。15位だった。1年生から6年生まですべての学年が一緒に走るレースで、初出場の2年生が勝てるわけがなかった。そもそも体が小さすぎて、合う自転車もなかった。
初レースで15位は悪くない戦績だ。しかし、フミは勝てないことが悔しくてしかたがない。兄たちはいつも、幼い自分を置いてぐんぐん先を走ってしまう。
「中2と小6の兄たちが、小2のぼくを待ってくれないんですよ。『負けるかー!』って必死に追いかけてました。そこから、ぼくの競技人生が始まったんです」
小学校5年生で、フミは初めてロードレースに参加する。そこで、初めての優勝。その後は、出るレース出るレース、ことごとく優勝していった。フミの夢は、このころに種がまかれた。
「小さいころ、周りの大人からよく、『ツール・ド・フランス』という言葉を聞いたんです。世界にはすごいレースがあるんだ、と。それでぼくは、それがどういうものだかよくわからないままに、友達に宣言していました。『おれはツール・ド・フランスに出るんだ』って」
中学に入ってからも、各地の大会で、チャンピオンジャージを何十枚と奪い続けた。そんなとき、また一つの転機が来る。兄の匠が、高校卒業と同時に日本のプロチームに入り、フランスに渡ったのだ。
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