世界各地で消滅の危機にある言語・文化遺産の保護に向けた活動で提携を発表
2003年1月10日
〜人類最初の言語に迫る番組「地上最初の言語を探せ」ディスカバリーチャンネルで2003年2月21日世界同日放送!〜
世界最大のドキュメンタリーチャンネルとして有名なディスカバリーチャンネルは、世界各地で消滅の危機に瀕している言語や文化遺産への認知を喚起することを目的として、国連教育科学文化機関(以下、ユネスコ)と活動促進の提携を結びました。
UN Works Programmeとの協力のもとに生まれたこの提携は、番組制作、草の根援助、テレビによる宣伝を取り入れて、ディスカバリーチャンネルとユネスコの共同の資源と知識を活用し、滅びつつある言語を多くの人々に紹介し、このような文化の中での生活の模様を映像で示そうというもの。
国際化の進展と情報技術の均質化がもたらす、言語の消滅
現在世界で一般に認められている6,000の言語のうち、大部分はごく少数の人々によって使われていると考えられ、消滅の危機にさらされているものが多く、国際化の進展と情報技術の均質化によって、その速度は加速傾向にあるといわれています。
「ユネスコとの提携は、世界中の豊かでユニークな文化的物語を数多くの視聴者に紹介するための必然的なものです」とディスカバリー・ネットワーク・インターナショナル社長のドーン・マッコール氏は述べ、「この提携にもとづいて、ユネスコから危機に瀕する特定の文化や言語についての重要な情報の提供を受け、ディスカバリーチャンネルは番組を制作、世界155ヶ国に向けて放映していきます。」さらにマッコール氏は、「私たちには世界に影響を及ぼす主要な国際問題についての認識を高めるという社会的な責任があります。この任務を実行していくために価値ある提携をしてそれを明確にすることは、メディアの理想の姿を追求するディスカバリーチャンネルにとってきわめて重要なことなのです。」とも述べています。
またユネスコ本部事務局長、松浦晃一郎氏は「言語には文字を持つもの、持たないものがあり、それぞれの言語が異なる記述方式を用いています。また各言語には文化の典型的な行動様式を反映する特有のジェスチャーや表現方法、ボディランゲージが伴っています。言語は人間の状態に対する特有の反応であり、私たちが大切にしなければならない生きた遺産なのです」と述べています。
国連事務局広報局暫定局長Shashi Tharoor氏は、「人権の保護は国連の世界的な任務の非常に重要な部分にあたり、それには多様性と特有の文化的差異に対する尊敬の念を増進させることが含まれます。私たちは多様な文化が安心して共存できるような世界を作らなければなりません。」と述べています。提携により貴重な文化遺産を保存することの重要性について世界の視聴者に喚起していくことが可能となる為、UN Works Programmeは、ディスカバリーチャンネルとユネスコのような提携関係を今後も促進することを目標としています。
世界同日放送番組「地上最初の言語を探せ」の放送をはじめ、世界各地で消滅危機にある言語・文化について紹介するミニ番組も制作・放送し、視聴者の関心喚起を目指す!
2003年2月21日に放送する「地上最初の言語を探せ」(放送時間19:00〜20:00)では、"人類が使った最初の言語は、その時代に地球上に1種類だけしか存在しなかった"とする仮説に基づき、その言語の再構築に取り組んでいる研究者に密着し、人類最初の言語の再構築に挑みます。世界中からの言語収集と研究所内での分析の積み重ねという気の遠くなるような作業を通じて言語に対する人々の関心を喚起する番組です。この番組は、ユネスコ(国際教育科学文化機関)が、1999年11月17日に制定した国際デーの1つである、2月21日の国際母語の日(International Mother Language Day)にちなんで、ディスカバリーチャンネルが世界同日で放送します。
ミニ番組では、アイヌ文化を萱野茂氏が紹介
上記1時間番組の放送と共に、ディスカバリーチャンネル独自で制作されたミニ番組も放送されます。このミニ番組(約3分)は、スコットランド、スウェーデン、カナダ、日本(アイヌ語)、マレーシア、メキシコ、アルゼンチン、インドなど世界各地で撮影されました。
アイヌ編では、札幌より車で2時間半ほどのところにある沙流川流域の村、二風谷コタン(村)を訪れ、アイヌの文化への貢献で名高い萱野茂氏から話を伺った。「アイヌ民族とは何か」を主体に、精神面、文化面について、萱野氏が全編アイヌ語で語ると共に、彼が自ら復元したコタン(村)や、アイヌの伝統的な歌や踊り、そして今ではほとんど見られることのない、萱野さん自らがパスイ(神具の一つ)を彫る様子を映像でつづるというもの。
出演者紹介: 萱野茂(かやのしげる)
1926年北海道沙流郡二風谷コタン生まれ。小学校卒業後、山子などの出稼ぎをしながらアイヌ民具を集め、自らの手で「二風谷アイヌ文科資料館」を開設。また、アイヌ語の口承芸術の記録や、アイヌ語教室の開設などを行い、アイヌ民族の文化伝承に努める。1975年、アイヌ民族の文化伝承をまとめた「ウエペケレ集大成」で受賞した菊池寛賞を始め、数々の賞を受賞。
