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番組表

長崎・セントポール姉妹都市委員会を通じて発表の「日章旗」返還先の情報を募集中

世界最大のドキュメンタリー専門チャンネル「ディスカバリーチャンネル」では、長崎・セントポール姉妹都市委員会が進める、日章旗の持ち主探しに協力し、2004年10月12日より、ディスカバリーチャンネルホームページ上で、情報提供を呼びかけることになりました。

長崎・セントポール姉妹都市委員会を通じて発表の「日章旗」
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この日章旗は、第二次世界大戦の直後、アメリカ合衆国のLST(戦車運搬艦艇)227が小笠原諸島の母島から乗船させた約800名の日本兵捕虜と航海中、当時この船の乗組員であった、ジョー・スタインワース氏が捕虜の一人からコップ一杯の水と引き換えに、受け取った物とのことです。

2004年6月14日、同氏の家族が提供した情報を基に、長崎・セントポール姉妹都市委員会は、返還先探索のための活動を開始したが、現在まで有力な情報は寄せられていませんでした。ディスカバリーチャンネルでも、皆様からの情報をお待ちしています。

詳細
船種 LST(戦車運搬艦艇)227
船の特徴 ・ 軍隊、戦車、その他の銃器を桟橋や船着場を使用せずに海岸から海岸へと運搬する艦艇。
・ 小型船を上甲板に乗せ、戦車・車両・銃器・貨物などは先端部を通じて船体に直接乗り入れ収納することが可能。
LST(戦車運搬艦艇)227

LST227の第二次世界大戦中の主な任務
・ クワゼリンおよびマジュロ環礁の占領1944年2月
・ オランダ作戦1944年4月
・ グアム占領1944年7月
・ 南パラル諸島占領1944年9-10月
・ リンガエン湾上陸1945年1月
・ 沖縄群島攻撃・占領1945年4-5月
乗組員の航海日誌による、当時のLST227の航路と、日章旗入手に至るまでの詳細
1945年
(日時未詳)
900人の海兵隊を乗せ、(マーシャル諸島)エニウェクト島から日本の佐世保に向け出港
10月31日 佐世保到着
11月某日 沖縄へ数回航海
11月26日 佐世保から、マリアナ諸島の1つサイパンへ向け出港
12月7日 サイパンを出港。小笠原諸島へ。
12月某日 小笠原諸島の母島から800名の日本兵士と、30名の日本将校を捕虜として乗船させ戦車庫に収容し、東京まで輸送。

航海中、LST227は大きな波のうねりにあう。船体の形状が波のうねりの回避に不適切であった為、繰り返し迫る35フィート以上の波のうねりに乗り上げては叩きつけられ、かなりの被害にあう。

うねりが過ぎた翌日、ジョー・スタインワース氏(当時19歳)は、戦車庫でコップ一杯の水と引き換えに日本人捕虜から日章旗を受け取る。ホルスター銃を持った当直将校と共に戦車庫に降りてきたスタインワース氏は、ガラスコップ一杯の水を片手に、その水と日章旗を引き換えるようにと身振りと英語で説明。その要求に気づいた捕虜の一人が、旗を取り出そうとしたが、別の捕虜が走り出てスタインワース氏に旗を差し出し、水を手に入れた。
12月15日 東京到着。捕虜を下船させる。
12月25日 ジョー・スタインワース氏と兄のビル・スタインワース氏が、東京湾停泊中にLST227船内で再会。その様子をセントポール・パイオニアプレス紙が掲載。

日章旗を受け取ったジョー・スタインワース氏(左)と、その兄ビル・スタインワース氏(右)
日章旗を受け取ったジョー・スタインワース氏(左)と、その兄ビル・スタインワース氏(右)

以上が、セントポール・長崎姉妹都市委員会よりディスカバリーチャンネルに提供された、ジョー・スタインワース氏に渡った日章旗に関する情報です。この件に関してお心辺りのある方は、以下の連絡先にメールまたはお電話で情報をお寄せ下さい。いただいた情報は随時、長崎・セントポール姉妹都市委員会へ提供いたします。ご協力くださいますよう宜しくお願い致します。

メールアドレス:info_discovery@jupitertv.co.jp

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