| 1903年にルクソールの「王家の谷」で発掘されていた女性のミイラが、古代エジプト王”ハトシェプスト”であることが判明した。 |
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| エジプト考古学者最高評議会のザヒ・ハワス博士率いる世界第一級の考古学調査チームと、ディスカバリーチャンネルの科学グループ研究支援団体である「ディスカバリークエスト」が、カイロ博物館内に古代DNA試験施設を建設。 |
最新のDNA分析装置を用いた科学分析や考古学、法医学による検証などにより、今回のミイラ特定にあたった。DNA鑑定をミイラの身元特定に活用するのは、史上初の試みとなる。 |
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第18王朝のトトメス1世の娘として誕生したハトシェプストは、異母兄にあたるトトメス2世と側室の子がトトメス3世として即位するが、トトメス3世がまだ幼少だったため、ハトシェプストは王の後見人として権力を持つようになる。 約20年間の共同政治の後。やがて自らの王位継承権を主張し、ついにファラオ(5代目)となる。 |
| 王権の象徴である顎鬚を付け、男装して国政にあたったと伝えられるハトシェプスト。戦争を好まず平和外交を行い、周辺諸国との貿易には非常に熱心であった。 そのため、豊かな物資と財力に恵まれ、デール・アル・バハリにある彼女の葬祭殿はひときわ目立つ壮麗さを誇るが、彼女の死後、トトメス3世によって彼女の肖像や名前が抹消されたと 言われている。 |






