制作関連の事実
毎日が救出劇
「エベレスト登頂:極限への挑戦」の番組制作はエベレスト登頂を記録に残す、史上最大規模の撮影隊による挑戦でもある。人体だけでなく、撮影用機材にも多大なる影響を与える要素を抱えながら、高地映像撮影チームとヘルメットカムで装備したシェルパたちが登山家と並んで登頂した。その映像は、まるで我々も一緒に登っているかのような迫力と臨場感に満ちた体験をさせてくれる。
- ■ デジタルベータ・カメラ2台、シェルパ・カム3台およびZ1カメラ6台を使用して約250時間分の映像を撮影。
- ■ 制作チーム・メンバーは17名。そのうち15名が山に入った。

- ・高標高カメラマン:2名
- ・デジタルベータ・カメラマン:2名
- ・音響記録担当:2名
- ・プロデューサー/ディレクター:3名
- ・ロケ・ディレクター:2名
- ・シェルパ・カム技術者:1名
- ・ロケーション編集者:1名
- ・制作コーディネーター:1名
- ・エグゼクティヴ・プロデューサー:1名
- ■ カメラマン2名が山頂に立った。米国のケン・サウルスおよびニュージーランドのマーク・フエット。ケンにとって2度目、マークには4度目の登頂であった。
- ■ 2名のディレクター、エド・ワデル(英国)とジェン・ピードム(オーストラリア)は、「デス・ゾーン」として知られる標高8000メートルにある第4キャンプに辿り着けた。
- ■ 番組撮影中、救急医療にかかる制作スタッフが続出。
- ・カメラマンのサイモン・ワゲン(英国)が、激しい胃痛のために、前進基地(ABC)からベース・キャンプにストレチャーを使用して撤退しなくてはならなかった。彼は低標高地点で完全に回復し、その後ABCに戻った。
- ・音響技師コリン・ボーズは咳による肋骨の骨折を起こした。エベレストではよ く起こる事態である。
- ・ロケ・ディレクターのグラハム・ホイランドはエベレストに8回登り、彼自身が頂上を極めたこともあるが、深刻な肺感染症に罹り、ABCに戻るまでベース・キャンプで回復を待たなければならなかった。
- ■ チームのメンバーの誰もが大幅に体重を減らした。記録的な体重減少を経験したのは音響マンのジェイク・ドレイクーブロックマンで、全体重の18%を失った。
クルーの日記
ジェニファー Jennifer Peedom
カメラを持って、さあ登ろう
以前ヒマラヤ山脈にトレッキングの旅に行った時、私を魅了したものが2つある。
“なぜ”人は山に登るのかという理由、そしてシェルパである。
撮影の禅の境地
私は山に行くのが本当に好きだ。しかし、本当に好きなこと、そしてやりがいは、映像を撮り、カメラの焦点を被写体に合わせるところにある。一般的に旅とは、旅そのものを目的としてもよいが、旅の物語を伝えることを目的とする考えもある。その場合、深いところまで掘り下げて知る必要がある。すると、最終的にはその旅から、かなり多くのことを学ぶことになる。それはまさに仕事と言っていい。真実をつきとめ、その人々が誰なのか、存在理由は何なのかという核心に迫る仕事だ。
シェルパの物語を語るだけでなく、かねてから疑問であった“なぜ”という問いに対する答えの発見に近づいた。
エベレストがここまで人を魅了する神秘とは何なのか。シェルパの物語と同時に、この山の秘密を発掘することが名誉に思えた。私は、シェルパの観点でエベレストの精神性の真相を見抜く力を得た。シェルパにとって、エベレストは単なる岩や氷以上のものであり、私はその考え方を学び、また敬意を示すことが出来るようになった。
絶対に戻ってきたいという、燃えるような欲望を胸に旅立った。登山はまさに一瞬を生きる能力を与えてくれると気づいた。ほぼ瞑想状態に達することが出来る。そんなことは祖国の都会では難しい。
女性であること
登山隊で唯一の女性であるということは問題ではなかった。敬意をもって接してくれたし、男女の分け隔ては無く山を登った。
その一方、インタビューを行う中で、女性の観点が得であると思えた瞬間があった。彼らが残してきた妻、ガールフレンド、子供ついての答えにくいと思われる質問が出来た。山頂を目指すために、どうしてそこまで危険を冒す決心をしたのか。
他のメンバーより身体的に小さい私は、カメラを持って斜面を登るために一人で何とかしたものの、シェルパの力をかなり借りなければならない時もあった。
標高が高くなり、一度酸素補給をした時に、体が小さいことが吉と出た。体重50キロの私は、80キロの男性より少ない酸素でも体に効く気がした。だから、男性と比べても、私の場合はベースキャンプから標高が高くなって、より力が増したように思えた。
今思い出すと、あれは生涯の経験であったということは間違いない。雲の合間で、信じられないほど生きることを実感した。苦労には絶対に値するものだった。
※日記の一部を抜粋
バーニー Barny Revill
これは本物だ
登山を開始して間もない頃から、誰が登頂出来て、誰が出来ないかなどと噂が立っていた。それぞれの噂の根拠や登頂人物の候補者名は胸にあったが、実際、どのようなことがいつ起きるのかを予測できたであろう者はいなかった。
きりの無い噂、想像、数多くの予測。そんな中、他の登山隊よりかなり先を進んでいたラッセルは、天気が良いということもあり早く登りきる決断をした。早く登頂するということは、早くこの試練にピリオドを打つことが出来る。皆がそう願っていた。
標高6400メートルで時間を過ごすのは、体に良くない。体は死へと近づいていく。エベレストから帰ると、「そんな標高の高い所にずっといて、どうしてそんなに元気なのか」とよく言われたものだが、全く元気なわけではない。体は常に生命の危険にさらされていると察知し、ほとんどの体の機能を止めて、すべてのエネルギーを心臓、脳、肺といった不可欠な臓器に集中させるようになる。
エネルギーが必要だと気づいて、無理矢理食べ物を口にする。しかし、必要な分のほんの一部しか消化しない。取り巻くストレスによって、体が食べ物の消化のために体力を使うのは良くないと判断するからだ。その代わりに、筋肉細胞組織を切り崩してエネルギーを作り出す。その結果、まさに衰弱する。皆、体重が激減した。私は5.4キロ、他のメンバーはもっと体重を落とした。
※日記の一部を抜粋
グラハム Graham Hoyland
毎日が救出劇
実は全く報道されなかったものの、今シーズン、我々の登山隊はエベレストの麓のほうで、ある登山家を救った。インド人の登山家だった。北壁から下山中に意識を失ったらしい。我々の登山中に遭遇したので、運よく救出することが出来た。
遭遇してすぐに、隊の医師テリーが処置を始めた。ガイドのショーン、ビル、マークがその場で簡易のストレッチャーを組み、彼を山の裾まで運ぶ救出チームを形成。気を失っていた彼は我々の酸素補給を受け、ラッセルのテントで一夜を過ごし、次の日には家路についた。重度の脳浮腫を患い、我々と出会わなければ死んでいたことだろう。インドの登山隊長の知らせによると、彼はほぼ回復したとのことだ。
知られてはいないものの、ラッセルの会社のガイドと一緒にいると、毎シーズンこのような救出劇と出くわす。ラッセルは、1本400ドルする酸素の代金も支払ってもらったためしもなく、感謝もほとんどされることはない。逆に、登山家が頂上付近で瀕死の状態で見つかったら、非難の嵐だ。
全くの事実、頂上付近で誰かを救助するのは非常に難しい。皆、限界状態に近いからだ。自分のことで精一杯であり、10人以上の搬送チームを作って、テントを張り、下山ルートを確保するというのはかなりの労力を要する。
登山に参加する人は約4,800,000円(40,000ドル)もこの企画に支払うため、頂上を諦めて帰りたいなどとは思わない。私の経験では、大抵は親切な人で、人を助けることにも積極的だ。しかし、エベレストの頂上付近になると、ここは死の領域であるから、自分の道徳心も消えてしまい、自己の守りに入ってしまう。
お金というものは、登山の精神までも腐敗させる。今まで他の多くのものを腐敗させてきたように…。真の登山家は、エベレストとの距離を充分に置いて、自分の情熱に従う。
※日記の一部を抜粋



